まさに雑感ですが
未分類“勉強って何のためにするんですか?”
と問われて、さすがにこの仕事を長年やっているのでそれこそ幾通りもの答えは腹蔵してはおりますが
そのうちの一つに“将来仕事をきっちりできる人になるための訓練だよ~”というものがあります。
『自分なりにがんばった』『自分のペースでがんばった』『具体的には成果が出ませんでした、でもがんばりました』『大変そうだからやりません』
その感覚のままでいいのだろうか。いずれ君たちが出会う指導者や上司にあたる人たちは、そんな君たちに“個別”で“寄り添って”くれるのだろうか?
仮に良くない、というならば、その感覚は就職したり、成人した瞬間にいきなり変わるものなんだろうか。
やったことがない努力が、いきなりできるものだろうか。
小さいものでも、真に価値ある成功を若いうちに少しでも体験して欲しいと思っている。
反対に失敗や挫折でも、真に価値あるものがある。それも尊い。
小さな成功と、それよりも少しだけ小さな挫折をたくさん若いうちにしておくと、いいんじゃない?
“難しい高校に受かれば成功”だとは全くもって思わない。
もう一つ。
最近考えているのが“幸せになるために、勉強する”という答え方。これについてはもっと考えてみる必要がある。
“勉強すれば、(必ず)幸せになれる”という意味ではないです。